不登校I君の場合~学校のちょっといい話~

「教頭先生、この一件は君にお任せします。」
十月に入ってのある日のこと、校長から突然の依頼があった。「運動会終了後、四年生のI君が不登校になってしまった。原因は不明。」とのことでした。私は解決できるという自信がないまま引き受けました。
まず、仕事の合間をぬって原因を探しました。担任に状況を聞いても、クラスメイトに聞いても、勉強はできるし孤立している様子は見られないし、勉強の不振やいじめが原因とは考えられませんでした。保護者とも話しましたが不登校の原因は分からないとのことでした。そこで、担任にお願いしてそのクラスで授業をしました。静かに話を聴くことができず落ち着かない雰囲気で、話したことを馬耳東風と聞き流されてしまい会話の成り立たない学級でした。
十月の半ばになって、最初の家庭訪問をすることにしました。保護者がいることを確認し、お邪魔しました。玄関のドアのところでI君に会いに来た旨を彼に聞こえるように話しましたが、彼は出て来られませんでした。「I君の顔を見たかったけれど、元気でいることが分かったからこれで帰るね。」と大声で彼に向かって話しかけ、学校へ帰りました。週に一、二回の割合でお邪魔しました。
しかし、彼に会えない日が続きました。家に閉じこもっていては、精神衛生上よくないと思い、以前勤務していた学校の保護者に彼を誘ってくれるようお願いしました。その保護者は彼の家に出入りし、週に一度、車で都内に出ています。I君は同意してくれて一緒に都内に出かけるようになりました。一つ取っ掛かりができたので、勇気を持ってI君の家に足を運ぶことができました。一月に入って、彼は顔を見せてくれるようになりました。そのたびに、「君が元気でよかった。会えたからこれで帰るね。」とだけ告げて、帰る日が続きました。
二月のある日、保護者は出かけていたが、彼はドアを開けて玄関に入れてくれました。
「先生、コーヒー好き?」「ああ、大好きだよ。」「僕、コーヒーを入れるね。」それからは、
「コーヒーを飲みに行ってきます。」校長にそう言って出かけるようになりました。
三月三十日、運命の日が来ました。そろそろ、登校の話を持ち出してみよう。
「もうすぐ、五年生として一学期が始まるけれど、君はどうする?」
「学校へ行きたい。」
「とっても、うれしいな。どうしたら学校に来られるようになる?」
「担任の先生が代わったら登校する。」
「ほんと?校長先生にお願いして違う先生に担任して
もらうようにするよ。絶対来られる?」
「はい。」
丁度、本校では四年から五年生になるときは、学級の
編成替えがあり、担任も代わります。
四月五日の始業式に、彼は登校しました。その後、
休むことなく元気で学級委員として活躍しています。

(『学校のちょっといい話』より)